ミニにタコ

純文学作家志望者がつらつらと雑記を書き連ねます

少年とナイフ

今から20年以上前、まだ僕が中学生のころ。

クラスに立野(仮名)というやつがいた。

 

そいつはみんなに嫌われていた。いわゆる不良少年というやつで、

授業中に爆竹を鳴らしたり、コンビニで万引きをしたり、だれかれ構わずケンカを吹っ掛けたりと、とにかく人の嫌がることをするのが大好きな奴だった。もちろん僕も立野が大嫌いで、学校に来ないことを毎日祈っていた。

 

ある日のこと。立野がいつものように昼過ぎに登校してきた。

遅刻してきたにもかかわらず、立野は一言も発さず悠然と自分の席に座った。

 

始めのころは教師もそういった行為を注意していたのだが、そのたびに立野が狂犬のように荒れ狂い授業にならなくなるので、いつの頃からか誰も注意しなくなった。教師も半分諦めているようだった。

 

立野も遅刻はしたもののとりあえず大人しく座ってはいたので、そのまま何事もなく授業は進んでいくのかと思われた。だが、事件は起こってしまった。板書をしていた教師が字を書き間違えたのだ。

 字の書き間違いなんて誰にでもある、取るに足らない些細な失敗だが立野はそれを見てバカにしたように笑った。

 

「なんでそんな簡単な漢字を間違えてんの?そんな字、俺でもわかるよ。バッカじゃねーの?」

 

教師は胸ぐらを掴みかねないぐらいの勢いで立野に迫っていき激高した。

そして立野の普段の行いの悪さを滔々とまくし立てた。だが立野は一向に意に介さない。何を言われても知らん顔だ。

自分の子供ぐらいの年齢の生徒に舐められて悔しかったのか、教師は言ってはいけないことを言ってしまった。

 

「売春婦の子供のくせに」

 

その瞬間からはスローモーションのように見えた。立野は懐からナイフを取り出し、教師を刺した。教師の腹からほとばしる血と女生徒の大きな悲鳴。

 

あまりの衝撃でその後のことはあまり覚えていない。たしか教室は大騒ぎになり、刺された教師は救急車で運ばれていき、立野は駆け付けてきた別のクラスの教師と警察に連れていかれた。

僕はその間何をすることもできず、その光景をただ呆然と眺めているだけだった。ただ、身体から噴き出してくる汗が気持ち悪かった。

 

その日以降立野の話をするのはタブーとなった。

 

誰にも気を許さず一人荒れ狂っていた立野。大人相手だろうが一歩も引かなかった立野。だが、「売春婦の子供のくせに」と言われた時だけおもちゃをとりあげられた子供のような表情になった。陳腐な話だが、立野が事あるごとに反抗していたのは彼なりの自己表現だったのかもしれない。

 

あれから20年以上が経った。事件後、立野はすぐに転校していき、消息不明となったため、彼が今何をしているのかは知らない。

ただ、今でも時々なぜかあの時の表情を思い出してしまう。

 

今週のお題「カメラロールから1枚」

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