ミニにタコ

純文学作家志望者がつらつらと雑記を書き連ねます

悲しみは雪のように

肌を突き刺すほど寒い真冬の折々。エアコンをつけ、ベッドで布団にくるまりながら僕は携帯をいじっていた。ブラック企業で心身疲れている僕は貴重な休日をのんびりと過ごしていたのだが、その穏やかな夜は急に一変した。


ノックもなく、いきなり部屋に母親が飛び込んできた。いつになく神妙な面持ちで、僕の目を見据えて言った。


「いとこのAくんが事故で亡くなったよ」


一瞬何を言ってるのかわからなかった。


Aくんはつい1週間ぐらい前に結婚式をあげたばかりだったのだ。僕は結婚式には出席しなかったが、両親は出席し、その幸せな式を見届けていた。Aくんの友達もたくさん出席してそれは良い式だったらしい。


Aくんはまだ大学を卒業して1年ほどで、当時24歳だった。若く結婚したので、僕は先越されてしまったなあ〜という気持ちもあったが、その幸せを素直に祝福していた。


だがその幸せはあまりにも早く崩れてしまった。


結婚式後、1週間で亡くなるなんてまるで悲劇のドラマのような話だ。しかし、それは虚構ではなく紛れもなく真実であった。部屋にはエアコンのゴーゴーという音だけが鳴り響く。無機質な風に吹き付けられながら、僕はようやく事態を理解した。


翌日、お通夜が行われることとなった。


クリスチャンだったので、教会で行うこととなった。棺桶の中のAくんの顔を覗き込む。事故だったが、遺体はほとんど損傷しておらず、綺麗な遺体だった。

ただ、自分より若いAくんが四角い箱の中に入っていることに現実味が湧かなかった。

これはドッキリで今に動き出すんじゃないか…。そう思いAくんの顔を見続ける。しかし、Aくんが生き返ることはなかった。


僕の両親も叔父・叔母もクリスチャンだったので、子供の頃はよく教会でAくんと一緒になった。

お互い子供だったので、宗教のことはよく理解できずミサも退屈だったが、ミサが終わったあとは僕の家に来て、一緒にゲームをして遊んだことを覚えている。ゲームで必殺技を上手く入力できなくて拗ねていたAくん。僕は彼より少し年上だったので、自分だけ必殺技を出せてずるい!と冗談混じりに責められていた。


お通夜も済み、その翌日はお葬式が行われた。

淡々と行われていく葬式。その中で、最期の挨拶を済ませる際、奥さんはAくんにキスをした。正真正銘最期のキス。その瞬間は多分永遠なんだろう。


でも、もう会うことはできない。お別れだ。

Aくんは若くして灰になった。


灰になったあとも、僕はAくんが亡くなった実感が湧かなかった。


いつも正月はAくん一家が僕の実家に挨拶に来てくれるのだけど、その時にひょっこり顔を出すんじゃないかと…。亡くなってから6年ぐらい経った今でもそう思ってる。


葬式のあとはまたいつもの忙しい日常に戻った。Aくんのことはもちろん忘れたことはないのだが、多忙な日々を送っていると感傷的な気持ちになることは少なくなった。僕は日常に忙殺されていった。心を失うと書いて忙しいと書く。それは本当のことなんだなと思った。


この6年間は僕は何をして過ごして来ただろう。仕事上の嫌な思い出だけが残ってしまった気がする。生きる事が嫌になった時もある。ロープに手を伸ばそうとしたこともある。でも、それでも未来は今よりきっと良くなると思って今も生きている。

人間はそんな思いがあるから生きていけるんではないだろうか。


あれから、また僕は日常に忙殺されたまま生きている。毎日を生き抜くのに精一杯だ。

しかし、何故かふとした瞬間にAくんのあの拗ねた表情を思い出してしまう。


はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」